私たちの暮らしの中にある公共空間には、様々な種類の音が溢れています。
その音は時代と共に多様化し、今となっては、従来の音響学の観点だけで分類したり、説明をしたりすることは困難になりつつあります。
私たちの環境を取り巻く音は、都市の音風景としてどのような意味を持ち、そして私たちの暮らしに一体どのような影響を与えているのか。
LMS (Labratory for Metropolitan Sound)を立ち上げた小野寺 唯さん、大黒 淳一さんの二人をお招きしてSOUNDABOUTしていきます。
ゲスト:小野寺 唯、大黒 淳一
ファシリテーター:CD HATA
小野寺 唯 - (Yui Onodera) / 大黒 淳一 - (Junichi Oguro)
- CD HATA : 日々生活しているなかで、都市には音が溢れかえっています。大黒さんは、例えば札幌と東京の都市の音の違いを感じたりするんですか?
- 大黒 : 非常に感じますね。ひとつには気温、湿度といった空間性の違いがあります。もうひとつには、札幌にノスタルジックを感じてるわけではないんですが、匂いに似た音の違い、みたいなものはすごく感じてます。「音の響き」が違いますね。
- CD HATA : 札幌は雪が降りますもんね。新潟で「豪雪JAM」という、雪まつりの会場をそのまま使った音楽フェスがあるのですが、360度雪ってもの凄く集音しますよね。体験したことないようなデッドな環境で、力を入れても雪に音が吸われて飛んでいかない!っていうのを感じました。
- 大黒 :
町全体が音を吸音するみたいな感じで、一気に静かになりますね。ノイズ、騒音も冬になると音の表情が変わるんです。音響の仕事をしていた時期があって、無響室なんかよく使ってたんですが、こっちだと「かまくら」という雪で作る家みたいなもの、これをすごく上手にドーム型に作る方もいるんですね。その中に入ると吸音性がとても良くて、下手な無響室なんかよりよっぽどデットな環境で、僕は大好きなんです。
さっそく脱線しちゃうんですが、最近非常に気になることがあって。東京はどうかわからないんですが、救急車とか消防車のサイレンの音のボリュームが例年より上がっている気がするんですよ。今、こういうご時世なんで、今まではちょっと押さえてたものを、リミットはずして規定の大きさにしてきてるのかなぁ、なんて気になっているところでした。
そんなことも含めて、常に、都市の音、身の回りの音や響きといったものから日常を感じていますね。
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- CD HATA : 小野寺さんは、サイレンの音が上がっていると感じますか?
- 小野寺 : 特にはないですね。もともと聞こえないといけない機能を持ってる音なんで、毎回うるさいなあとは思ってますけど。
最近の都市の音の変化というのは特には感じないけど、20年前と今だと、明らかに都市環境も建築も変わってきていて、例えばサイネージが増えたりしているので、そういった意味での都市の音というものには変化はあるんじゃないですかね。
- CD HATA : アジアの人と話してて、「東京はバイクの音がしない」と言われたんです。
- 小野寺 : 例えばベトナムだったら、カブが走り回っている国なので基本的な都市の音がバイクに支配されますよね。騒音レベルが上がってくると、機能させなければいけない音もおのずと上がってくるとは思います。
- 大黒 : 都市の音というのは、人工的だったり、出さざるを得なかったり、自然の音だったり、雑多なもので構成されていて、いろんな考えを持った人がいろんな音を一斉に出しています。複雑なものが鳴り響いているのが都市の音の特徴で、調和されればよいというものでもなくて。例えば、スクランブル交差点の人混みや、地下空間の人のざわざわざわっとした雑然としたものにはホワイトノイズにも似た心地よさがあって面白いものだと思います。
一方、自然の音というと、場所に絡めたひとつのハーモニーとして、それぞれが意味を為しているかお互い考えているわけではないのでしょうが、何か音楽的に聴こえたりもして。一概に相反するものではなく、密接に絡み合っているものなのだと感じますね。
その場所の文化的・歴史的バックグラウンドなども考えた上で、「何がその場所にとっていいものなのか」、というのを考えるのが大事になっていくのかなと思っています。
- 小野寺 : 人間そのものをひとつの生態系ととらえれば、それも自然な音になってくるわけで、要は、有機的かどうかということなんじゃないですかね。
都市って、個々の建築が乱立した状況のことで、「都市計画」というカオティックな不確定な要素もある程度含めて生成されていくと考えると、自然の音も都市の音も、自然環境で有機的な状況で聴けば美しく感じることもできるんですよね。よくジョン・ケージなんか「耳を開く」っていいますけど、リスニングの問題ではあるんですよね。
ただ、過剰に発達して人為的なものが増えすぎるのを避けるために、法規制で色や高さに制限をかけることでアイコニックな形を留めてます。音も都市計画と同じように、ある程度整理していくことで全体的に居心地のいいものになります。
都市全体でやるのは難しいけれども、まずは個々の空間からそういったものに積極的に取り組んでいくという姿勢は非常に大事だと思います。
- CD HATA : 例えば、京都には景観を守るための厳しい法規制がありますよね。音でもそれをやろうとするということですか。
- 大黒 : 例えば、騒音規制法や法律、条例はあるのですが、音圧レベルでしか、つまり音が大きいか小さいかでしか判断できないんですよね。だから、音をデザインしていくとか調律するということを考えていきましょう、というサウンドスペースデザインとして、個々の都市や空間、建築からアプローチ・提案していくことで変えていけるんじゃないかなと思います。
- 小野寺 :
空間を作るときに、視覚的な要素とか光、温度、熱、湿度といった皮膚・触感レベルのUXについては建築家がしっかり設計しているんですけど、いわゆる聴覚的なUXというのは、どうしても建築設計の上ではネガティブに扱われがちで。
例えば、救急車の音の話じゃないですが、外の音が聞こえにくいように窓を厚くするとか、遮音性の高いガラスを選ぶだとか。家族で住んでいる方だと、子供部屋とか赤ちゃんが寝る部屋などの部屋間での遮音性を高めるとか。音を極力排除しようという発想で設計することが多いんですよね。
でも、音をやっている側からするともっとポジティブに転用できるし、むしろ積極的な効果として「聴覚を通じた音のUX」をデザインできるでしょ、っていうことに気づいたので、両者の側面から考えて、音側から積極的に提案していくことを考えています。
商空間の音環境デザインにフォーカスして、「都市全般の空間メディア・環境情報デザイン領域における音環境デザイン」と、「空間を通じて体感する新たなサウンドUXの創出」を目的に立ち上げたものです。
社会実装していく、という部分が非常に大事なので、実空間に対してどういうアプローチができるかというところを色々やっています。
- CD HATA : おふたりで設立することになったきっかけや役割分担は?
- 小野寺 :
ここ数年複数プロジェクトを一緒にやってきた実績があったのと、もともと環境デザイン領域における音の在り方というものを、8、9年前札幌で会ったときからずっと話していました。大黒さんはプログラミングにも精通しているので協働しやすく、まずコアメンバーとして参加いただいたんです。
基本的に役割分担はしないようにしたいと思っています。ただ、お互い得意とするスキルセットが違うので、その辺はイニシアチブを取ってやっていこうとしています。
大事なのは、どういうUXを想像させるかという企画、クリエイティブ・ディレクションとプロデュースですね。イギリスやアメリカでは専門のプロダクション増えてますけど、日本ではまだまだ事例が少ないので、積極的に作っていきたいです。
実際に社会実践していくところで企画提案も含めて二人でやっていきたいなと思っています。
すでに公開してよい事例はいくつかWebサイトのProjectに載せてます。
フリーランスではなく、「ラボラトリー」という形で組織化した理由は、大型案件にスケールしたいなと。クライアントへの折衝、予算管理、ハードまわりの設計施工トータルにやるとなると音楽家の職域を300%くらい超えてるんですよ。そのへんをカバーできる音楽家ってなかなかいません。そういうところもあって大黒さんと一緒にやりたいなと思いました。
L4MSっていう定期的なコラムを通じて考え方、ヴィジョンを伝えるようにしていますが、いちばん重要なのは、ハードとソフトが分離した状態をトータルにデザインすることで、明らかに仕上がりのUXが変わってくるということ。分かっているんだけどやれていないというのが今の日本の現状なので、そこをちゃんと設計してコスト的にもクオリティ的にも合理的にやっていく、ということですね。
- CD HATA : 「分かっているけどやれてなかった」、というのは?
- 小野寺 : ひとつは、商流が慣例的にそうなっていた。また音楽家に対してあまり期待していなかったんでしょうね。それまで話す人がいなかったから。積極的に独自性を出してブランディングにつなげるとか、何が最適なのかってディレクションしていくことが必要です。
建築で考えてみれば、まず敷地があって、建てたい人の家族構成など含めた要望がありますよね。そこで設計プロセス自体が変わってくる。
音楽に対しても同じで、まず要件があって、場のコンテクストを読み込んで最適化していくことが必要っていうことです。一時的なものなのか恒久的な建築のなかにインストールするのか、住宅なのか、展示スペースなのか、病院なのか学校なのか、商業施設なのか、というダイアグラムに基づいて設計していくことです。
僕らが一番考えているのは、「虚を捨てて実を取る」ということ。体験してしっくりくるもの。理論的に説明できること。これを実空間に実装していく。恒久的に設置していくことを主眼においていきます。
サウンドコンテンツについてBeauty Squareを例に説明すると、「インタラクティブ」、「ジェネレイティブ」、「コンポジティブ」という大きく3つのセクションで構成しています。
インタラクティブセクションでは、コミュニケーションの活性化、商品に対する集中度の向上をはかりつつ、周波数マスキングという考え方に基づいて店内のコミュニケーションノイズ(生活音)をリアルタイムに解析、ハーモナイズしてスピーカーから流しています。
ジェネレイティブセクションでは、原宿周辺の気象条件(天候、風速、温度、湿度等)をもとにサウンドに逐一変化を及ぼして自動で生成しています。 最後に、コンポジティブセクションでは、四季など長いスパンでの時間の移ろいを全体の印象、トーンを作り出しています。
この3つの要素がそれぞれ独立して動いているので、完全に統合されずに自然の振る舞いのように有機的にミックスされているという状況が作り出されています。
- CD HATA : 有機的という言葉をもうちょっと具体的に教えてください。
- 小野寺 : 例えば雲の形とか、川の流れ、焚き火の炎とか、一見すると変化していないように見えるけれど常に変化し続けている状況、カオスと居心地の良さの境界みたいなところを「有機的」としています。そういう状況を音でも作りたいな、と思っています。
- 小野寺 : ハードについてもお話すると、ここはショップエリアとサロンエリアで構成されるオープンスペースで、用途に応じた使い分けがされています。
ショップエリアには10チャンネルのスピーカーをマルチチャンネルとして、先ほどお話した気象条件に応じて音像が変化する「立体音場」として機能するように設計しています。
サロンエリアは、人の動きが少なく、長く滞在するスタイルなので、空間全体を優しく包み込むような多面体スピーカーを採用してそれぞれ聴感上の印象を差別化しています。
ただ、ひとつのオープンスペースなので、それぞれのエリアが混ざり合ったときに違和感がないように音のつなぎ目をなくして、全体としてひとつの音環境となるようデザインしています。動線をいかに予測して設計していくかってことが大切です。
- 大黒 : ここですごく重要なのが、いかに有機的に音場や音環境を作っていくかということで、LMSを新設した理由にもなるんです。
僕もいろんな公共施設や商業施設に個人として携わってきましたが、音のアウトプットを考える点で、どうしてもいろいろ出来上がってから後付けになってしまうことが多いんですよね。
建築、都市計画、環境を計画・設計する上で、最初から我々が関与して「音の思想」みたいなものを組み込めていると、音のクオリティ、価値観、人が受ける体験も違ったものを提供できるようになるんです。
こういったアプローチの事例としてこのBeauty Squareとゲームフリークを見ていただきたいです。
日本ではまだまだこういった資料や情報がないのが現状なので、LMSではウェブを通じても発信していきたいと思っています。
https://lab4ms.com/